またアサヒる朝日

  • 2009/04/12(日) 13:40:29

対局中の羽生名人に記者がサイン求める 厳重注意
                    (4月10日21時26分配信 産経新聞)

 将棋の羽生善治名人(38)に郷田真隆九段(38)が挑戦する「第67期名人戦」(朝日新聞社など主催)で10日、朝日新聞の委託を受けて観戦記者として立ち会っていたフリー記者(75)が、対局中の羽生名人にサインを求めるトラブルがあった。同社は記者に口頭で厳重注意するとともに、対局終了を待って羽生、郷田両氏や共催の毎日新聞社など関係者に陳謝する。

 同社によると、トラブルがあったのは名人戦第1局2日目の10日午前9時45分ごろ、羽生名人が自らの手番で44手目を考慮中、記録係と並んでいた記者が白い扇子とペンを取り出し、羽生名人にサインをするよう求めた。

 羽生名人は対局を中断する形でサインに応じ、頭をかく仕草をしながら盤面に目を戻した。この間、郷田9段は水を飲むなどして様子を見守った。

 この様子はNHKが中継しており、実況担当者が「今、何か書いているようですけれども…」と当惑しながらその様子を伝えた。

 問題の記者は昭和51年から平成11年まで、朝日新聞社の嘱託記者として取材活動を行い、この日は同社の委託を受けて取材にあたっていた。

 休憩時間に担当者が、問題の記者に「対局中に声をかけるような行動は慎んでほしい」と注意したところ「郷田さんの手番だと思っていた。うかつだった」と釈明したという。朝日新聞社は「両対局者はもちろんのこと、主催する名人戦実行委員会のほか、関係者にご迷惑をおかけしたことを深くお詫びします」とコメントしている。


また朝日新聞がやってくれました。常識からいってもありえない話です。
しかも言い訳がまたふるってます。

    曰く「郷田さんの手番だと思っていた。うかつだった

どちらの手番だろうと、思考の真剣勝負の最中に声をかけサインを求めるなど言語道断。一体自分が何様のつもりだと思っているのでしょうか?

どうも朝日というところは権力批判をする割には、自分自身には権威があると錯覚し、あまつさえそれを権力として振りかざすという体質があります。

 今回の事件もそんな傲慢さが生み出したものと言えるでしょう。
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判決を歪曲する朝日新聞

  • 2009/03/24(火) 12:55:29


 今どきすごいポスターを見つけました。(いまだから…?)

いくらなんでももうこれはないだろうと思うのですが、作っちゃったからということなんでしょうね。

 皆さんそれぞれにお感じになっていただければと思います。




 それでは、本日の記事紹介です。
2009/3/24付 世界日報16面 【メディアウォッチ】
性教育判決で「不当支配」否定した
      部分から指導徹底を言うべき朝日


錯覚促す朝日見出し


 都立七生養護学校では性器の付いた人形や注射器付き射精キットなどを教材に性教育を行い、保護者から「過激過ぎる」との声が出た。それで都議らが議会で質問、同校を視察し教員らを批判、都教委は教材を回収、教員を厳重注意し人事異動の措置を取った。また視察を同行取材した産経が「過激性教育」と報じた。これに対して教員らが「教育の自由権」を侵害されたとして賠償請求と教材返還などを求めて訴訟を起こした――。

 これが七生養護学校での性教育問題をめぐる経緯だが、東京地裁は12日、この訴えの一部を認め、都議3人と都教委に損害賠償を命じた。この判決の新聞論評は昨日の本欄に詳しい。いささか重複するが、続編として読んでもらえるとありがたい。

 「性教育 学校視察し批判 都議の『不当な支配』」――こんな見出しを躍らせたのは、朝日13日付朝刊の社会面トップだった。朝日は判決を鬼の首を取ったかのように報じ、14日付社説では「創意つぶす『不当な支配』」とし、紙面は「不当な支配を許すな」のシュプレヒコールを思わせた。これでは判決が都議らの性教育批判すべてを「不当な支配」と断じたと錯覚した読者も少なくないだろう…
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オフレコ破り〜朝日の独自技術

  • 2009/03/17(火) 10:42:03

 ついに“きたぁ〜”という感じです。
リアルな人型ロボット開発

ファッションショーにも出演 産総研
 独立行政法人産業技術総合研究所(茨城県つくば市)の研究グループが、人間に近い表情と動作が可能なリアルな人型ロボットの開発に成功、16日報道陣に公開した。平均的な日本人女性と同じ体形の細身のスタイルが特徴で、23日から都内で開かれるファッションショーにも出演する予定という。

 産総研の知能システム研究部門ヒューマノイド研究グループが開発した「HRP−4C」は、身長158?、体重43?と、日本の成人女性体形の平均とほぼ同じサイズを実現。手首や足首など間接部分に小型モーターを採用することで、女性らしい体形に近づけると同時に、従来のロボットよりも人間に近い歩行動作を可能にした。黒髪の少女をモデルにしたリアルな頭部は、笑顔など表情の微妙な変化も表現できる。

 開発費用は約2億円。稼働時間は最大20分で、機能は簡単な歩行動作や音声認識による反応程度に限定されているが、産総研は技術を公開することで、ロボット産業の活性化を促したい考え。梶田秀司研究グループ長は「将来的には一体2千万円程度での販売を目指したい」と話している。

 いままでは、SF映画やアニメの世界でしかなかった人型ロボットが、これからはそのごとくに現われてくる可能性がでてきました。近い将来、レプリカントやガンダムが、あるいはターミネーターが街中をウロウロしていることになるかもしれません。


 それでは、本日の記事紹介です。
 このオフレコ破りの技術は、朝日が独自開発した新技術です。

2009/3/17付 世界日報16面 【メディアウォッチ】
朝日の政府高官オフレコ破りと
   実名暴露と言い訳を問題にした産経


狡猾な抜け駆け技術


 「漆間発言」をめぐる朝日の報道姿勢がいかにも狡(こす)い。
 漆間発言とは、漆間巌官房副長官が記者とのオフレコ懇談(5日)で西松建設献金事件に関して自民党への波及を否定したと受け取られる発言をし、捜査の中立性への疑念を抱かせたというものだ。オフレコとは「記録・報道しないことを条件にして記者に話すこと」(広辞苑)で、このオフレコ懇談の場合、発言を「政府高官」「政府筋」として引用できる慣例だという。それを朝日は巧妙な「実名暴露」で国会での追及劇へと導いた。

 そのやり口について10日付の産経抄は「朝日新聞には、ときどき不思議な記事が載る。7日付朝刊1面もそうだった」と皮肉を込めて書いている。朝日は漆間発言を高官の名前を出さずに6日付で報じたが、翌日には「民主党はこの政府高官を元警察庁長官で官僚トップの漆間巌官房副長官とみて、週明けの国会で追及する」と記した。名前を明らかにしたのは朝日でなく民主党ということになっており、「同業者としては、うまいやり方だと感心もするが、首をひねった読者も少なくないだろう」と産経抄は言う…
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田母神論文と三島由紀夫

  • 2008/11/04(火) 12:13:17

 田母神航空幕僚長の論文がPDFで公開されています。
  下記をクリック↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
「日本は侵略国家であったのか」 田母神俊雄 

 これを読みますと、国防を担う自衛官いや軍人としての憂国の情に満ち溢れた論文だというのがよく分かります。

先に辞職した中山文科大臣へのマスコミの総攻撃といい、この国では保守言論に対して自由というものがないのかと本当に腹立たしくなります。

 昭和45年、三島由紀夫が市ヶ谷で自衛隊員の決起・クーデターを促して自刃しましたが、政府中枢の国防意識がそのころとなんら変わってないことに愕然とさせられます。少し長いですが、三島の檄文を掲載します。

    檄文 

 われわれ楯の会は、自衛隊によって育てられ、いわば自衛隊はわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的行為に出たのは何故であるか。

かえりみれば、私は4年、学生は3年、隊内で準自衛官としての待遇を受け、一片の打算もない教育を受け、又われわれも心から自衛隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後ついに知らなかった男の涙を知った。ここで流したわれわれの汗は純一であり、憂国の精神を相共にする同志として共に富士の原野を馳駆した。このことには一点の疑いもない。われわれにとって自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなお、敢えてこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、自衛隊を愛するが故であると私は断言する。

 われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。 

われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用いない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。自衛隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。

 4年前、私はひとり志を抱いて自衛隊に入り、その翌年には楯の会を結成した。楯の会の根本理念は、ひとえに自衛隊が目ざめる時、自衛隊を国軍、名誉ある国軍とするために、命を捨てようという決心にあつた。憲法改正がもはや議会制度下ではむずかしければ、治安出動こそその唯一の好機であり、われわれは治安出動の前衛となって命を捨て、国軍の礎石たらんとした。国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。政体を警察力を以て守りきれない段階に来て、はじめて軍隊の出動によって国体が明らかになり、軍は建軍の本義を回復するであろう。日本の軍隊の建軍の本義とは、「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。国のねじ曲った大本を正すという使命のため、われわれは少数乍ら訓練を受け、挺身しようとしていたのである。

 しかるに昨昭和44年10月21日に何が起ったか。総理訪米前の大詰ともいうべきこのデモは、圧倒的な警察力の下に不発に終った。その状況を新宿で見て、私は、「これで憲法は変らない」と痛恨した。その日に何が起ったか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢えて「憲法改正」という火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。治安出動は不用になった。政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、国の根本問題に対して頬かぶりをつづける自信を得た。これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしゃぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、護憲を標榜することの利点を得たのである。名を捨てて、実をとる! 政治家たちにとってはそれでよかろう。

しかし自衛隊にとっては、致命傷であることに、政治家は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。

 銘記せよ! 実はこの昭和44年10月21日という日は、自衛隊にとっては悲劇の日だった。創立以来20年に亘って、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとって、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議会主義政党を主張する自民党と共産党が、非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。論理的に正に、この日を境にして、それまで憲法の私生児であった自衛隊は、「護憲の軍隊」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあろうか。

 われわれはこの日以後の自衛隊に一刻一刻注視した。われわれが夢みていたように、もし自衛隊に武士の魂が残っているならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であろう。男であれば、男の衿がどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。しかし自衛隊のどこからも、「自らを否定する憲法を守れ」という屈辱的な命令に対する、男子の声はきこえては来なかった。かくなる上は、自らの力を自覚して、国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、自衛隊は声を奪われたカナリヤのように黙ったままだった。

 われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。諸官は任務を与えられなければ何もできぬという。しかし諸官に与えられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、という。しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。日本のように人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。

 この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩もうとする自衛隊は魂が腐ったのか。武士の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ巨大な武器庫になって、どこかへ行こうとするのか。繊維交渉に当っては自民党を売国奴呼ばはりした繊維業者もあったのに、国家百年の大計にかかわる核停条約は、あたかもかつての5・5・3の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかわらず、抗議して腹を切るジエネラル一人、自衛隊からは出なかった。

 沖縄返還とは何か? 本土の防衛責任とは何か? アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。あと2年の内に自主性を回復せねば、左派のいう如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう。

 われわれは4年待った。最後の1年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと30分、最後の30分待とう。共に起って義のために共に死ぬのだ。日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである。

 三島由紀夫


 それでは、本日の記事紹介です。
2008/11/04付 世界日報16面 【メディアウォッチ】〜新聞
 田母神空幕長更迭で「文民統制の危機」
           と騒ぐ朝日の飛躍した論理


歴史観は自由と産経


 田母神俊雄空幕長が「日本は侵略国であったか」と題する論文を書き更迭された。各紙社説を見ると、更迭を批判し空幕長を庇ったのは産経だけで、他紙はそろって更迭を当然視している。が、その論調には違いが見受けられる…
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記者クラブ制度の弊害

  • 2008/10/24(金) 12:55:38

 先月の事になりますが、こんな記事がありました。

 「スター・トレック」のG・タケイ、男性パートナーと挙式


 【ロサンゼルス15日AFP=時事】米テレビドラマ「スター・トレック」シリーズに出演した日系人俳優ジョージ・タケイさん(71)が14日、長年のパートナーであるブラッド・アルトマンさん(54)とロサンゼルスのリトルトーキョーにある全米日系人博物館で結婚式を挙げた。(ケーキカットに臨むタケイさん=右=とアルトマンさん)
 2人は21年間にわたって交際を続けていた。式では200人の招待客が見守る中、仏教の僧侶の前で契りを交わしたという。
 カリフォルニア州当局は6月、同性婚を解禁。それ以来、多数の同性愛カップルが同州で結婚式を挙げた。同性婚を解禁したのは、マサチューセッツ州に続いて2州目。


 確か「ミスター加藤」という名でエンタープライズ号のクルーをやってた人ですよねこの人。好きだったんだけどなあ。もうオェ〜って感じです。
しかしアメリカという国はキリスト教がありながらなんで同姓婚が盛んなんですかね?法律まで制定して。キリスト狂なんですかね?

 どうでもいいですが、やっぱり名前はG・タゲイに変えるのでしょうか?


 それでは、本日の記事紹介です。
2008/10/24付 世界日報16面 【メディアウォッチ】
ジャーナリズムの対極にある
   記者クラブ制度の弊害を訴えたサピオ


ネットで浮き彫りに

 福田康夫首相が退任に当たって行った記者会見で、「私はあなたと違うんです」の捨てぜりふを吐くきっかけを作った質問は、普段は官邸記者クラブに詰めていなかった、いわば“サークル外”の記者からだった。

 前後の脈絡も分からず、「そんなの常識だ」と記者仲間で思われていることも斟酌せず、しがらみのない分、遠慮会釈のない質問ができた。その結果「木で鼻をくくった」と言われてきた福田首相を色めき立たせ、本音のコメントを引き出せたわけだ。

 日本の記者クラブ制度は、世界のジャーナリズムの中で最も後進的閉鎖的な仕組みである。情報を独占し、操作し、自由なアクセスを排除する機能はジャーナリズムの対極にあり、相反する概念ですらある。大手新聞やテレビ局はこの制度に安住して、結果として役所や政党の“都合のいい広報の手先”となってしまう危険性を常に抱えている。

 こういっては何だが、途上国での政府や権力者への取材でさえ、日本の記者クラブのような理不尽なシステムにお目に掛かったことはない。申請すれば、基本的に受け入れられ、質問もできる。日本のように、あらかじめクラブの幹事社が質問する社と順番を決めて、さらには質問項目を事前に出しておく“馴れ合い”はない…
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