耐えることを忘れた日本人

  • 2008/04/22(火) 10:06:03

 配達途中の公園で鯉のぼりを見つけました。
 田舎ではよくこういう連なる形を見かけますが、都心のしかも高田馬場あたりでこのような光景に出くわしますと、何か新鮮な感動を憶えます。
 昔はうちでも柱を立てて鯉のぼりをあげた記憶がありますが、昨今は、少子化や住宅事情の問題あるいは習慣の希薄化等で、でっかい鯉のぼりをあげるお宅をあまり見かけなくなりましたね。この時季の風物詩として廃れないでほしいなと思います。


それでは、本日の記事紹介です。
  2008/04/22付 世界日報16面 オピニオン【ビューポイント】より
耐えることを忘れた日本人

−縦と横の絆と克己心を/すぐキレる世相の恐ろしさ−
       (社)日本国際青年文化協会会長 中條 高徳


理不尽な殺人、減らない自殺 
この欄で、戦後の日本人が喪ったものとして「叱ることが出来なくなり、ほめることが下手になり、そして夢みなくなった」ことどもを論じてきた。それらに加えて、「耐えることの出来なくなった日本人」が気にかかる。

 親も子も、男も女もすぐキレる。そして相手をすぐ殺す。なんとも恐ろしい世相だ。

 平成九年「酒鬼薔薇聖斗事件」が起き、天下の親や子供たちを震えさせる事件であった。その犯人の父親は一流企業に勤めている穏やかな人物であり、母親は極めて教育熱心な人であったと言う。

又、平成十八年の六月、奈良東大寺学園の男生徒が継母と弟妹を焼き殺した事件があった。平成十九年五月には「ならぬことはならぬ」の「什の教え」で有名な会津若松で皮肉のような恐ろしい事件が起きた。

 母親の首を切ってバッグに入れ、それを持ち歩きながら遊び廻っていた高校生。

 同級生に携帯電話で悪口を言われただけで相手の友人を教室で殺してしまった中学生。

 勉強しなさいと言われた孫が、その祖父をいとも簡単に殺してしまった事件。

 今、裁判中の事件だが、母親が、自分の娘を川に突きおとして殺害し、その上なんの理由もない隣の子供を殺害し捨て去る。

 毎日これでもか、これでもかという程の殺人の報道の連続である。

 戦前は、殺人が全くなかったわけではないが、これ程、異常な、理不尽な殺人が毎日のように発生する昨今の日本の現状は極めて異常と言わざるをえない。

 そればかりではない。政府がいくら手を打っても三万二千に達する自殺者の数は減らない。戦前の日本人の生き様を伝えたテレビドラマ「おしん」は国内はもとより、アジア諸国で大変もてはやされた。国境を越えて、人種の垣根を超えて、辛苦を重ね、それに耐え生き抜いた「おしん」に辛い人生を辿った人程、強い共感を覚えたのであろう。

先祖と隣近所で織り成す文化


 確かに戦前の日本は貧乏であった。だが、みな凛として生きていた。
 どんな貧しい生活をしていても、毎朝お仏壇にお茶を捧げ、先祖さまにご挨拶していた。
 
 The Sekai Nippo Co.,Ltd. 1975- Tokyo,Japan

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