奉祝 天皇陛下ご即位20年

  • 2009/11/12(木) 10:54:46

 天皇陛下ご即位20年を心よりお祝い申し上げます。
天皇・皇后両陛下の益々のご健勝と皇室のご繁栄をお祈り申し上げます。



 2009/11/12付 世界日報8面 【天皇陛下ご即位20年特集】
象徴の伝統、見事にご体現

 お歌に込められた国民への仁慈


東京大学名誉教授・小堀桂一郎氏に聞く


 国内外の情勢が激動する中にあっても、常に国民と共にあり、国民の揺るぎない心の拠りどころであられる天皇、皇后両陛下。ご即位からの20年を、東京大学名誉教授・小堀桂一郎氏に振り返ってもらった。
                               (聞き手=文化部長・藤橋 進)  

 ―今上陛下が位にお就きになって、平成の御代が始まったわけですが、初めての新年の一般参賀の時でしたか、そのお言葉が、昭和天皇と比べて、より親しみやすい言葉遣いになられたのが印象的でした。―


 小堀 やはり戦後のお育ちの故というか、世代の差がお言葉やお振る舞いのうちに見て取れて、これが新しい時代の表れだと感じられた点はあるでしょう。歴代の天皇それぞれ個性をお持ちになっておられる以上、それが皇位というものへのお考えに反映する面もおありなわけですから。

 ―とはいえ、この20年を振り返ってみますと、そういう変化以上に、やはり皇室伝統の不変の部分というか揺るぎなさを改めて感じます。また、昭和天皇から直接受け継がれたものも、大変大きいものがあるのではないでしょうか。―


 小堀 昭和天皇から何を受け継がれたかとなると、それはやはり日本の国体というものについての確固としたお考えだと思います…

で、その国体、国体の尊厳というべきものが、何によって象徴されるか、それは皇室祭祀の御厳修によってなのですね。

今上陛下は、その祭祀をご立派に継承されているという点で、先帝陛下のお志を忠実に受け継がれていると思います。ある部分では、お田植えも種籾を播くところから始められるなど、さらに発展充実させておられるところには敬服いたします。

 先帝陛下の歩んでこられた道を忠実に守って、さらにそれを充実なさって、天皇としての公務を遂行しておられる。そのご熱心さ、ご精励が20年間見事に続いているのを拝見しますと、これは見事な御治世であると申し上げていいのではないでしょうか。

 ―昭和天皇は、激動の時代を国民と苦楽を共にされましたが、今上天皇は、より国民に寄り添うような対し方をされているように思われますが。―


 小堀 そこが大事なところです。別に先帝陛下と比べる必要はないのですが、ただ、昭和天皇は、明治、大正と続いてきた天皇としての在り方、国民への対し方がおありになった。天皇はまず陸海軍を統帥する大元帥陛下でもあられたのです。

ところが、終戦とともに大元帥としての統帥権をお持ちにならなくなってしまった。そうしますと、そこに何が残るかというと、明治維新以前の国家元首としての象徴性が天皇の本質として残ったわけです。

 天災などがありますと、被災地へすぐに皇后さまと一緒にお出掛けになって、被災民を慰められる。国民の身近に、同じ平面に立って手を差し伸べて慰められるということをなさっているわけです。

 被災地へのお見舞いの行幸は、先帝陛下まではなかったことです。先帝陛下は戦後、沖縄を除く全国への御巡幸を果たされましたが、あれは戦争で傷つき打ちひしがれた国民を慰め激励するためのもので、大変ご立派な御巡幸でしたが、その時も明治、大正から続いていた帝王の威厳をお持ちでした。

いわゆる「人間宣言」をなさったからといって、急に国民に馴れ親しくする必要はありませんし、そもそもそういう御教育を受けてこられなかった。

 ところが、今上天皇は、学習院で同級生と交わりがあり、ましてや民間出身の皇后陛下をお迎えになっている。国民との距離を、先帝陛下と比べて、ずっと近く感じておられる。その御感性が、災害地での被災民へのお心遣いにも自然に表れてくるのだと思います。

 ―戦後50年と60年の年には慰霊の旅をなさいました。―

 小堀 昭和天皇は占領下にあって日本全県をご訪問なされましたが、主権回復後も唯一沖縄だけはご病気のために訪問できなかった。今上陛下がご立派なのは、その無念の思いを受け継がれて、沖縄訪問のお志を果たすだけでなく、硫黄島、そしてサイパンにも慰霊に訪れ、見事なお歌を皇后さまとともに詠んでおられる。

平成18年の年頭に発表された御製2首<サイパンに戦ひし人その様を浜辺に伏して我らに語りき><あまたなる命の失せし崖の下海深くして青く澄みたり>、同じく皇后さまのお歌<いまはとて島果ての崖踏みけりしをみなの足裏思えばかなし>です。これらはまさに、皇室の持つ国民へのご仁慈の表れとして象徴的であると思います。

 そして、この国民に対するご仁慈というのが日本の皇室の重大な伝統なのです。水戸学の会沢正志斎の『新論』に、日本国の原理として、宝祚の無窮つまり万世一系の皇位が永遠に続くこと、そして国体の尊厳とならべて蒼生の安寧ということが掲げられています。この蒼生の安寧、国民の安寧を深く心に刻んでおられるというのが国体の尊厳の表れとなるのです。

 ですから皇室としては皇室祭祀を伝統に忠実に続けてゆかれることが、宝祚の無窮の実現手段であり、それと国民の幸せを常に念頭に置かれるというのが国体の伝統なのです。これが今、非常に大事になっているのです。

弱肉強食の風潮に貴い抑止力


 ―今、と言いますと?―

 小堀 例の小泉改革以来よく言われるようになった、新自由主義、市場原理主義。これは郵政民営化で具体的に出てきましたけれど、それ以前からアメリカの日本占領方針というのは、結局、日本の国体の構造改革だった。彼らは共和国の民ですから自分たち共和国の民にも分かるような国体に変えなければ、日本とは付き合えないという考えがあった。

 これに対し、アメリカの占領政策に抵抗した古い世代の記憶が生きているうちはまだ日本国自体に十分な抵抗力があったのですが、世代が下って、戦後教育、一口に言えば個人主義教育で育った人たちが国政の第一線を担うようになると、自分たちが個人主義原理で育っていますから、新自由主義、競争原理にごく自然に飛びつく。実はそれは日本の国体に反する共和主義的改革なんですが、それが分からないんです。これが歴史の進歩で、つまり良きことだと思い込んでいる。

 その結果が今、出てきている。弱者切り捨てです。日本は現在でも世界で最も格差の少ない国といわれてきたが、将来の保証はありません。落ちる人はどこまでも落ち、力のある者だけがいたずらに富を積んでゆく。

 そういう犠牲者が次々と出てくる構造改革に対し、国民一人一人がいくら抵抗しても力の結集ができない限り限界がある。

ところが、天皇、皇后両陛下が戦没者の慰霊や被災者の慰問に、御心を注いでくださるというのは、全国民に代わって国民の意思の代表者としてなさるわけで、それを見て国民は、傷つき病み衰えた人たちに無条件の優しさが必要だと気付くわけです。これが非常に大事なのです。

 ―今上陛下は、今年のご成婚50年を機にした記者会見で、象徴とはどうあるべきかをいつも念頭に置かれていると語られています。―


 小堀 日本国憲法が制定されたとき、天皇は日本国の象徴であるという象徴規定が出てきて、皆びっくりした。象徴とは、一体何なのかと。左翼の憲法学者は、すかさずそこを突いて、天皇はもはや象徴にすぎない、元首ではないと主張した。

 一方で、保守的な人たちも、象徴とは何かと真剣に考えたわけです。その代表が和辻哲郎だった。日本国憲法の草案が発表されると、真剣な思索を重ねて論文を書き、象徴というのは、国民の総意の表現であり、国民の全体意思の代表者という意味であるとの解釈を樹立し、それならば象徴ということでよろしいという結論を得た。正統な保守主義者はこの和辻説に拠っています。

 しかし、天皇は国民の代表者であり、国民全体の意思の代弁者とみる見方は、別に戦後急に出てきたものではないのです。その具体例としては、新渡戸稲造の『武士道』(明治32年)があります。

その中で新渡戸は、イギリスの王は、国民の代表者にして国民の統一の表現である、つまり象徴であるとし、日本の天皇は、イギリス国王の定義にさらによく当てはまると明言しています。ですから、帝国憲法の下で、すでに天皇は日本国の象徴であるとの定義が提出されており、これに異論を唱えた人はいなかった。

 今上天皇は、象徴天皇という在り方をさらによく実現するために、国民に対する慈しみを、特に御製という御歴代の天皇の風儀そのままのかたちで表しておられます。日本の天皇の象徴としての伝統を見事に体現されておられる。これは非常に重要なことだと思います。

 皇室がお持ちになっている国民への仁慈の御心は今、構造改革によって国全体が弱肉強食のジャングルの掟に支配されようとしている時に、実に貴い抑止力となっています。

日本の国柄というのは、ジャングルの掟が支配するようなものではない、そうではなくて、皇室の国民への大御心、その大御心に応えて、国民が宝祚の無窮を願う、そういう君臣一体化の相互関係がある。その相互関係が成立していることがまさに国体の尊厳ということだと思います。

 ―平成の時代はちょうど、冷戦が終結し、世界が安定するかと思いきや、激しい混乱の時代となりました。その荒波を考えると、皇室の存在のありがたさを思わざるを得ません。―

 小堀 冷戦後の戦火に訴えないだけに、かえって陰険で非情な形を取る力と力のせめぎ合いの中で、苛烈な国際社会も日本を見習えばよいのです。

 上にまず国民の安寧を考える皇室があって、その皇室の慈しみにお応えしようとする国民の公に尽くす心がある。これが最も理想的な国家の姿だと言える。その見習ってもらいたい日本が動揺し始めているのは心配ですが、日本が2000年の伝統から少しも逸脱していない立派な国体の尊厳を保持できている国ならば、まさに世界の人々の羨むような模範となり得ると思います。

The Sekai Nippo Co.,Ltd. 1975- Tokyo,Japan

 

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