韓国人の礼儀と無礼と

  • 2009/02/06(金) 11:46:12

 今月の6日早朝のことになりますが、早稲田通り沿いで火事がありました。どうやら火元は写真のラーメン屋のようです。
このラーメン屋、じつは去年だったか一昨年だったか、目白に店を構えていたときにもたしか火事を起こしております。
これは単なる偶然でしょうか?もし偶然だとしたら、ここの店長は防火管理に対して、全く気を使ってないということになるでしょう。
通りが一時全面通行止めになり、通勤・通学にも影響がでてましたし、私も危うく配達が遠回りになるところでした。
 意図的なものは全くなかったと信じたいところです。


 それでは、本日の記事紹介です。朝鮮半島問題に詳しい編集委員の岩崎記者の
オピニオン記事です。韓国人気質の分析がおもしろいです。
「東方無礼の国」
 

  「礼義」喪失に慨嘆の声


 韓国の保守系新聞・朝鮮日報の名物コラムニストで特別顧問の金大中氏(元大統領とは別人)がウィークリー朝鮮(1月12日号)に「東方無礼之国」というコラムを書いている。

 チェーンソーやハンマーまで飛び交った最近の乱闘国会にとどまらず、交通マナー、公衆道徳、日常生活での人々の振る舞いに至るまで、かつて中国の歴史書「東夷列伝」で「東方礼義之国」とたたえられた姿は、今の韓国のどこにもないと嘆いているのだ。

 韓国人は「礼儀正しく」「親切」で「勤勉」であることを誇りにしている。だが、韓国を訪れてみて、どこが礼儀正しいのか首をひねりたくなる経験をした外国人は少なくない。交通ルール、電車の乗り降り、ドアの出入り、道でのすれ違い、列への割り込み、店員の不作法、大声、ケンカなど、およそ、まさに観光客の目に付く場面で、韓国人の不作法に出会うことが多いからだ…

 金大中氏のコラムを読んで、われわれと同じ疑問を抱く韓国人がいたことに、若干の安堵感を覚えたが、大多数の韓国人は強固にそして無邪気に「とうほうれいぎのくに」だと主張する。

 ここに厄介な問題がある。「れいぎ」といっても「礼儀」と「礼義」は別物だ。しかし、どうやら二つが混同されているきらいがあるのだ。漢字がほとんど使われない韓国では、ハングルで表記すると「礼儀」も「礼義」も同じ文字になる。しかし前者は単に礼の作法、マナー・エチケットをいい、後者は礼と義、つまり人間・世間の正しい道のことを指す。

 外国人が韓国社会で目にするのはマナーの悪さや公衆道徳の希薄さで、それをもって「礼儀がない」と判断する。しかし、韓国人がお国自慢をする際の「れいぎ」は「礼義」のことを言っている。これでは両者がかみ合うはずがない。

 韓国では集団内での自分の位置取りがはっきりしなければ、取るべき態度、言葉遣いまでがしっくり収まらない。初対面でも年齢や生年月日を聞いてくるのは、「自分よりも上か下か」をはっきりさせたい心理からだ。一日でも年長であれば、「兄」と呼ばなければならない。こうした秩序原理が「礼義」である。

 その意味で韓国人は「礼義」を重んじるといってもいいだろう。格位性や上下関係に厳しく、同格以外は相手を「職位」で呼び合うのは、時に度が過ぎる印象を与えるほどである。しかし、それはあくまでもサークル内でのことだ。

 そのため、他方でサークル外への対応ルール、つまり公衆道徳やエチケット、マナーを発達させてこなかったようだ。だから他人同士が集まる都市では特に不作法が出るのは、もともと彼らがそうした場での行動原理を持っていないからとも言える。

 日本の観光地で、現地のルールを無視して、傍若無人に振る舞っている韓国人を多く見掛けるのは、「礼義」の及ばない「外」での行動規範を知らないからなのだ。このことは韓国が国際化を進める上で、大きな障害となるだろう。

 金大中氏がコラムで指摘していることは、エチケット・マナーの「礼儀」を弁えない韓国人が多いということだが、子細に読むとそれだけではない。「礼義」について、いやむしろ本来の「礼義」が次第に失われていきつつあることも慨嘆している。そして、教育によるしか解決の道はないと強調するのだが、今、韓国の教育現場は左派勢力が多くなり、伝統的な儒教価値観を否定し、反政府デモや集会に小学生を動員する教師がいては、「礼義」が復活していくのは難しい。

The Sekai Nippo Co.,Ltd. 1975- Tokyo,Japan


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