“台湾農業の恩人”八田與一を描くアニメ映画『パッテンライ!!』

  • 2008/12/23(火) 12:33:22

 久々に更新します。
  イラク人記者が、記者会見でブッシュ大統領に靴を投げつけた事件をパロッたゲームがインターネット上で人気となっているようです。
 ゲーム名は「sock and awe」 (靴下と恐怖)。2003年のイラク開戦直後、米英軍がとった「shock and awe」(衝撃と恐怖)という作戦をもじっているそうです。

 それにしても米国という国は、その大国としての身勝手さゆえにいつも最後は嫌われますね。日本ぐらいでしょう、卑屈なまでに従順な国は…。もうそろそろ一人立ちしてもいいんじゃないかと思うんですがねえ…?


 それでは、本日の記事紹介です。やはり戦前の日本人は立派でした。

2008/12/23付 世界日報11面 【文化】欄より 
“台湾農業の恩人”八田與一を描く 
長編アニメ映画『パッテンライ!!』
 

 “真の国際人”の在り方示す

出身地・金沢での先行上映に1万人

 金沢出身の土木技師・八田與一をテーマにした長編アニメ映画『パッテンライ!!〜南の島の水ものがたり』が年明けから全国で上映される。地元金沢では一カ月間、先行上映され、期間中1万人を超える観客が詰めかけた。「久しぶりに家族で鑑賞できる素晴らしい映画です」「戦争中、台湾の農業に尽くした日本人がいたことに感動しました」など、大きな反響を呼んでいる。

 八田與一(1886−1942年)は金沢の第四高等学校から東京帝大土木科に進み、卒業後、日本統治下の台湾に渡って台湾総督府の土木技師となった。八田が取り組んだのは、台湾・西南部の嘉南平原だが、ここは旱魃、塩害、洪水の三重苦に悩まされ、文字通り“不毛の大地”だった。

 ここを農地に変えるため、長さ約1.3?に及ぶ烏山頭ダムと総延長1万6,000?の給排水路を立案設計した。34歳だった。測量から予算組・工事などすべてを率い、10年の歳月をかけて昭和5年(1930年)に完成。ダムは1億5,000万?の水をたたえている。

 嘉南平原に張り巡らされた灌漑用水は「嘉南大しゅう」と呼ばれ、同用水は農民ら60万人の生活を救った。今では台湾一の穀倉地帯に生まれ変わっている。八田の業績は地元で高く評価され、「嘉南大しゅうの父」と呼ばれ、今も神様のようにあがめられている。その功績をたたえて、墓前には李登輝氏ら台湾の歴代総統が参拝に訪れる…

 八田はその指導力もさることながら、先見性にも長けていた。台湾は地震国で、堰堤の強度を保つためコンクリートをあまり使わず、土を盛り上げて自然に近い堰堤を築き、現地の地質に合った工法を駆使した。また水量を計算すると、6万?分しか灌漑できない。そこで15万?の嘉南平原(=香川県一県に相当)に暮らす農民すべてにダムの水の恩恵が行き届くように、米作だけでなくサトウキビと豆類の三輪作を奨励、3年に1度水稲を作るよう土地を3分割した。これが後に世界的に知られる3年輪作のシステムだった。

 総事業費は、当時の台湾総督府の年間予算に匹敵する約5,400万円。この巨大プロジェクトは、日本の植民地政策の下、台湾を食糧供給地にするための建設だったが、李元総統が台湾に寄与した日本人の筆頭に八田の名を挙げるのは、輝かしい業績だけでなく、その人柄によるところも大きい。

 それは日本人、台湾人の分け隔てがなかったことだ。工事が始まると、敷地には職員宿舎や作業員宿舎など二百軒余りが立ち並び、病室や市場、プールなど近代的な施設が整う“ダムの街”が出来上がった。「作業員は家族と一緒に住み、良い環境で仕事をしてほしい」との強い気持ちの表れだった。トンネル工事の途中、爆発事故が起き50人の殉職者が出た。慰霊碑に刻まれた名前は、現地人と日本人の区別がなく、順に追悼している。

 八田の家は真宗の信仰が厚く、幼いころから培われた「多利即自利」の精神が生活化されていたようだ。ダム完成後、八田は陸軍に徴用され、昭和17年5月、フィリピンに向う途中、米潜水艦の攻撃を受けて船が撃沈、56歳の生涯を閉じた。

 夫を支えた外代樹夫人の存在も大きい。15歳年下の同郷の医師の娘だが、金沢第一高女卒業後、八田とお見合い。母親らの反対を押し切り、意思を貫いて結婚した。16歳の花嫁だった。烏山頭の官舎に住み、夫と苦楽を共にしながら、二男六女を育てた。「八田技師夫妻を慕い台湾と友好の会事務局長」の中川外司さん(同映画発起人の一人、金沢市在住)は「外代樹さんもなかなかの人物で、女性たちのリーダー的存在だったでしょう」とみている。

 夫の死後、夫人は郷里に帰らず子供たちと台湾に残った。住んでいた台北の空襲が激しくなると、烏山頭へ。そこで終戦を迎えるが、8月末日、簡潔な遺書を残して、夫が心血を注いだダムの放水路に投じ奉じた。45歳だった。

 現在、ダムを見下ろす小高い丘の上に、土手に腰を下ろし膝に肘を突いて思索する独特のポーズの八田の銅像があり、その後ろには「八田與一・外代樹之墓」と刻まれた墓が、地元農民の手によって建てられている。2人の名は朱色で刻まれ、「それは神を表している」(中川さん)という。

 同技師の命日に当たる5月8日には、昭和22年(1947年)以来、毎年、地元農民らによって墓前祭が営まれてきた。

 昭和60年から毎年参列している中川さんは「血の通った土木工事は、国境を超えて人々の心の中に生き続けます。それを子供たちに伝えたい」と語っている。

 映画は「宇宙戦艦ヤマト」を演出した石黒昇監督、八田技師役を声優の井上和彦さん、妻外代樹役は、主題歌『受け入れて』を歌う一青窈さんの姉で、女優の一青妙さんが演じている。一青姉妹は父方が台湾出身、母方が石川県出身で、「パッテンライ」とは台湾語で「八田来」、八田がやって来たという意味だ。

(日下一彦)

 
http://www.worldtimes.co.jp/


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八田與一の偉業をアニメ映画化

台湾で誰もが彼の功績に賛辞をおくる日本人が存在した

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主題歌も素晴らしいですね。

年明けから全国上映とのことですが、ネットで検索しても情報がないようです。

↓に紹介がありました(動画)。
http://www.hokkoku.co.jp/pa-tenrai/index.html

これは是非見たいし、子供たちにも見せたいですね。都内の上映スケジュールが分かったら、アップしていただけませんか。

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