安保脱却と新憲法制定を

  • 2008/11/19(水) 14:51:57

 一昨日、中山成彬先生の講演会が都内のホテルであり行って参りました。

 以前拙ブログの中で、そのスタンドプレーをちょっと揶揄いたしましたが、今回先生のお話をきいて何故あんな事をしたのかようやく合点がいきました。

このまま総選挙に突入すれば、今回間違いなく自民党は惨敗し民主党政権誕生となる。そうなったら日教組上がりの輿石議員が間違いなく文科大臣になり、日本の教育が完全に駄目になってしまうという悪夢のシナリオから、止むに止まれぬ気持ちでもってあのような義挙に出たとのこと。

国交大臣と日教組の問題のどっちを取るかと考えたときに、国交大臣には私よりもふさわしい人がいるが、教育に関しては私がやるべきだとの信念から、「日教組はガン」発言を打って話題を盛り上げ、さらに東国原知事を担ぎ出しうえで選挙戦に突入しようという算段だったそうです。 

案の定マスコミが言葉尻を取って「単一民族」「ゴネ得」と合わせた3点セットの失言に仕立て上げ、辞任という結果になりましたが、まともな意見をまともな意見として取り上げないこの国のマスコミは狂っています。 

 (自民党にも国賊系の人はいますが)より危険な民主党に政権を渡さない為に、そして何よりもこの国の事を思って行動しておられたということを今回改めて認識いたしました。

それにしても、中山先生が文科大臣当時、副大臣をやっていたのが現文科大臣である塩谷氏で、そのとき全国400校の小中学校を一緒に回って日教組の実態をつぶさに見てきた間柄だったとは驚きでした。にもかかわらず、まさかの叛旗を翻し、次期民主党政権をすでに視野に入れたような官僚的答弁をした事に対し憤慨しておられました。


 それでは、本日の記事紹介です。
2008/11/19付 世界日報16面 【ビューポイント】
米国衰退に備えるべき日本
 核、対中、憲法の再考を
  安保依存や追随政策の限界
 
                       評論家 高橋 正


 10月、三宅坂の国立劇場で故北条秀司作、中村吉右衛門主演の歌舞伎「大老」を観た。劇中、水戸藩の若侍や脱藩した浪士達が藤田東湖の「正気の歌」を口ずさむ場面が出て来るが、昭和一桁生まれの筆者も水戸学の会沢正志斎の流れを汲む小学校の担任に教えられたのが因果で、いつの間にか唱和していた。

しかし、考えて見れば幕末の志士も戦前の少国民も、否、井伊大老自身も「憂国」の至情に少しも変わりは無かったのではないか。安政年間には戦わずして敗れて「不平等条約」を押し付けられ、昭和前期には戦って敗れて「新憲法」を押し付けられた。そして今、戦わない平成日本は、再び戦わずして敗れるのか、敗れないためには如何にすべきかの岐路に立たされているように見える。

 そこでこの際、日本を翻弄する内外の荒波から如何に日本を守るべきかの提言を幾つかしておきたい。先ず第1に、敗戦日本が戦後一貫して採ってきた「対米追随政策」は、敗戦後は止むを得ない選択であり、冷戦期には有効な選択であったが、冷戦の終結と今日の米国一極支配体制の衰退と共に、日本にとってはむしろ有害になりつつあることを自覚すべきである。

早い話、米国は拉致問題についての日本の協力依頼を裏切って北朝鮮に対する「テロ支援国家指定」を解除したばかりか、北の核開発阻止を巡る六カ国協議でも北の核保有を事実上容認した。この事実は米国が当然のことながら日本の利益よりも自国の利益を優先していることを雄弁に物語っている…

 米国にとって本当に恐るべきは北ではなく日本の核武装なのだが、「日米同盟」(安保体制)を口実に日本を核武装させず、今や北の核の脅威に直面して日本が益々対米依存を深めざるを得ないとなれば、米国にとってこんな都合の良いことはない。

6ヵ国協議は実は北の核武装阻止のための協議などではなく、日本の対米依存を深めさせる米中等の陰謀に過ぎないと知るべきなのだ。日本は6ヵ国協議の枠の内外で、北が核開発計画を放棄しなければ独自の核武装の計画立案と実行に踏み切るとはっきり言うべきである。それこそが北の核武装を阻止する最も有効な政策でもある。実は日本は中国が核保有した段階で早々にそれをやるべきだったのだが、今からでも未だ遅くはない。

 その上で、米国に対して日米同盟を対等な同盟に改変し、第三者はともかく日米間ではお互いに核を使わないことを約束する安保条約を結ぶが良い。北京やモスクワからの異議申し立てに対してはこれまた核先制不使用条約締結を相手に申し入れれば宜しい。北あるいは来たるべき(核を持った)統一朝鮮に対しても同様である。米国の覇権が綻び、世界が多極化しつつある今、それは必要不可欠の対外政策である。核兵器が(日本の場合は三度目の)核攻撃を受けないための抑止力以外の何物でもないことは今や世界の常識なのだ。

 日本はここでまた、第二次大戦後の「国連中心」、「平和と友好」を柱とする外交姿勢を根本から見直す必要がある。国連はなお「国際フォーラム(討論会場)」として有効であるから、戦前の「国際連盟」のように脱退する必要は無いが、これを外交の中心に据えるような愚かなことはすべきではないし、当面は無条件の常任理事国入りと国連憲章改定のイニシアティブを積極果敢に採るべきである。米国はすでにある程度日本の主張に同調しつつあり、残るは日本の常任理事国入りに反対する偏狭な北京の視野狭窄ぶりが北京やアジアのためにもならぬことを判らせるのみである。

 北京については、戦後日本の「平和と友好」路線がいかに中国を買い被り、逆に北京を付け上がらせてきたか、戦後二世代経っても止まぬ「反日」姿勢と有毒中国産品の流入一つとっても明らかであろう。中国と中国人というのは昔も今もそういう国であり、そういう人々なのだ。それを踏まえて、中国は隣国ではあるが友好国ではなく、友人ではなく隣人として、こちらの利益を侵させない範囲で隣の他人として付き合う姿勢が望ましい。これは他の国に対しても、今後の日本の基本的外交姿勢であるべきことなのだが。

 最後に、戦後憲法について一言。現行憲法は安政の不平等条約同様、戦勝国が国際法や慣行に違反して敗戦日本に押しつけした代物であり、本来、「改憲」でなく、廃止して日本独自に新憲法を制定すべきものである。更に、明治維新以降、敗戦を経て日本人は憲法を国家と国民生活の根幹と見なしがちだが、憲法が最高の法律だとしても高々「法律」に過ぎず、法律が国家国民の全てを取り仕切るとする「法万能主義」は果たして正しいことであろうか。

英国は憲法なしでやって来たし、日本は歴史的に英国より遙かに古く、天皇と天皇制の存在などは本来、「近代法」の埒外にあるものだ。また、現行憲法の基本理念とされる自由と人権、民主主義等の欧米近代の概念についても、これを先験的に受容するのでなく、この際、根本的に問い直してみるのが、21世紀の世界に向かっての日本のあるべき姿ではなかろうか。

The Sekai Nippo Co.,Ltd. 1975- Tokyo,Japan

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