記者クラブ制度の弊害

  • 2008/10/24(金) 12:55:38

 先月の事になりますが、こんな記事がありました。

 「スター・トレック」のG・タケイ、男性パートナーと挙式


 【ロサンゼルス15日AFP=時事】米テレビドラマ「スター・トレック」シリーズに出演した日系人俳優ジョージ・タケイさん(71)が14日、長年のパートナーであるブラッド・アルトマンさん(54)とロサンゼルスのリトルトーキョーにある全米日系人博物館で結婚式を挙げた。(ケーキカットに臨むタケイさん=右=とアルトマンさん)
 2人は21年間にわたって交際を続けていた。式では200人の招待客が見守る中、仏教の僧侶の前で契りを交わしたという。
 カリフォルニア州当局は6月、同性婚を解禁。それ以来、多数の同性愛カップルが同州で結婚式を挙げた。同性婚を解禁したのは、マサチューセッツ州に続いて2州目。


 確か「ミスター加藤」という名でエンタープライズ号のクルーをやってた人ですよねこの人。好きだったんだけどなあ。もうオェ〜って感じです。
しかしアメリカという国はキリスト教がありながらなんで同姓婚が盛んなんですかね?法律まで制定して。キリスト狂なんですかね?

 どうでもいいですが、やっぱり名前はG・タゲイに変えるのでしょうか?


 それでは、本日の記事紹介です。
2008/10/24付 世界日報16面 【メディアウォッチ】
ジャーナリズムの対極にある
   記者クラブ制度の弊害を訴えたサピオ


ネットで浮き彫りに

 福田康夫首相が退任に当たって行った記者会見で、「私はあなたと違うんです」の捨てぜりふを吐くきっかけを作った質問は、普段は官邸記者クラブに詰めていなかった、いわば“サークル外”の記者からだった。

 前後の脈絡も分からず、「そんなの常識だ」と記者仲間で思われていることも斟酌せず、しがらみのない分、遠慮会釈のない質問ができた。その結果「木で鼻をくくった」と言われてきた福田首相を色めき立たせ、本音のコメントを引き出せたわけだ。

 日本の記者クラブ制度は、世界のジャーナリズムの中で最も後進的閉鎖的な仕組みである。情報を独占し、操作し、自由なアクセスを排除する機能はジャーナリズムの対極にあり、相反する概念ですらある。大手新聞やテレビ局はこの制度に安住して、結果として役所や政党の“都合のいい広報の手先”となってしまう危険性を常に抱えている。

 こういっては何だが、途上国での政府や権力者への取材でさえ、日本の記者クラブのような理不尽なシステムにお目に掛かったことはない。申請すれば、基本的に受け入れられ、質問もできる。日本のように、あらかじめクラブの幹事社が質問する社と順番を決めて、さらには質問項目を事前に出しておく“馴れ合い”はない…

 さて、小学館が出す隔週刊誌「サピオ」(11月12日号)は「これが『日本劣化』の元凶だ、ジャーナリズム大崩壊」を特集している。主に記者クラブの弊害、営業と密着した選挙報道、インターネットで“暴かれる”マスメディアの“横柄な”取材態度・現場などを取り上げている。

 週刊誌はもちろん、日本新聞協会非加盟社、また最近規模を拡大し無視できない影響力を持ち始めたネットメディアはこの記者クラブから排除されており、その弊害をいやというほど実感している。週刊誌がよく「政治担当記者」「政治部デスク」といった新聞記者を取材源や情報源にしているのは、自身が直接取材できないからだ。

報道より営業が動機


 特集では焦点となっている「解散・総選挙」にまつわる「総選挙ビジネス」が紹介されていて読ませた。「ジャーナリスト武冨薫と本誌政界特捜班」による記事で、「『早期解散を』の社説の裏でソロバンをはじく新聞・テレビの総選挙ビジネス」というタイトルだ。

 選挙報道で不思議に思うのは、開票が始まると同時に「当確」が出されること。これはもちろん選挙管理委員会が出すものではなく、テレビ局が独自に出しているものだ。記事によると、各開票場には双眼鏡を持った記者が張り付き、開票作業の手元を注視し、票の束が幾つ積み上げられていくかを目を皿のようにして数え、それで出している。だから誤報もあり、当確を出しながら、結局落選した候補者に平謝りということも多々あるという。

 誤報のリスクがありながら、それでも当確を打つのは広告収入に直結しているからだと同誌は指摘する。「民放キー局の編成部門幹部」の話で、「どの局が当確情報を早く打ち、議席予想が当たったかを採点しており、その評価が次の選挙特番の時にCMを出す基準になる」というのだ。

 一方新聞はというと、選挙で使われる政党の広告宣伝費、税金で賄われる候補者個人の折り込み選挙広告、さらには選挙公報印刷、ポスター印刷など、巨額な広告料や印刷料が入ってくる。そのため、現場の記者といえども「営業」をやらされるのだが、それも普段政党の記者クラブや、政治家個人に張り付いている「番記者」として、独占的閉鎖的な人間関係が築かれていて、できるものだ。

「公平」ないと断じる


 同誌は「政党や候補者と深い利害関係で結ばれた新聞、テレビに『公平』な選挙報道ができる道理はない」と断じているがもっともだ。

 「ジャーナリスト佐々木俊尚」による「ネットユーザーたちが暴き始めた『客観報道』というまやかし」の記事では、「ネットの出現、普及により、取材現場のプロセスが可視化され、その実態と紙面、画面の建前のダブルスタンダードが通用しなくなり、マスメディアの取材姿勢が厳しく問われるようになっている」と現状を紹介している。

 「メディアの融合」が進む中、新聞やテレビが今のままのビジネスモデルで存続するかどうかが不透明になっている。記者クラブ制度や取材対象と癒着した選挙報道は今後成り立たなくなるだろう。同誌には今後「大崩壊」の後にくる「新ジャーナリズム」の特集を期待したい。

(岩崎 哲)


The Sekai Nippo Co.,Ltd. 1975- Tokyo,Japan

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