占領教育から選良教育へ

  • 2009/10/08(木) 14:59:31

 雨と台風の狭間の好天日だった4日(日)、小学校の運動会が行なわれました。9月の連休あたりまでは好天続きだったのですが、その後曇天の毎日…。雲行きが怪しくなってきた前日の3日(土)が本開催の日だったのですが、確実に雨雲が来ると言う予報に、結局その日の朝断念。翌日開催となりました。色々な声も上がりましたが、結果として成功だったように思います。

 運動会でさえ決行か否かで気が気でないわけですから、あの嵐の中、ノルマンディー上陸作戦の決行か中止かの判断をしなければならなかったアイゼンハワー将軍の心中はいかばかりだったろうかなどと、めずらしく歴史に思いを馳せるのでした。


 それでは本日の記事紹介です。昨日のビューポイントが良かったので、改めてアップしたいと思います。
2009/10/7付 世界日報12面 【ビューポイント】
政治主導を実現させる条件

 官僚を心服させる力を

 東洋学園大学准教授 櫻田 淳


 映画『小説吉田学校』(監督/森谷司郎、出演/森繁久彌・芦田伸介・小沢栄太郎・若山富三郎、制作/1983年)には、印象深いシーンがある。

 講和の実現に向けて本格的に走り出した吉田茂が、外務次官に条約案の作成を命ずる。だが、外務次官は、吉田が満足する案を出せず、吉田から何度も突き返される。そうした遣り取りの中で、次官は、親の死に目にも会えない激務を続ける。最後に案が出来上がり吉田から「ご苦労だった」と言葉を掛けられた次官は、脱力したように落涙するのである。

 吉田と外務次官の関係は、単に政治家と官僚の関係ではない。戦前には外務次官を務めた吉田にとっては、その次官は広い意味での昔日の部下であったであろうし、何よりも東京大学法学部の後輩であった。往時の日本における政官関係は、こうした出身地、出身大学、家族の「閥」の中で機能したのである…
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